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広島高等裁判所松江支部 昭和27年(う)10号 判決 1952年9月01日

控訴人 被告人 松岡豊造

弁護人 篠田嘉一郎

検察官 中野和夫関与

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

但し三年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用中国選弁護人篠田嘉一郎に支給した分は被告人の負担とし、その余の訴訟費用は国選弁護人原良男に支給した分を除き原審相被告人荒木泰子との連帯負担とする。

理由

本件控訴趣意は別紙控訴趣意書記載の通りであるからその主張するところに対し当裁判所は次の通り判断する。

第一の一について。所論は要するに被告人の本件所為を職業安定法で処罰するは同法の目的より逸脱したものであると主張するもののようであるが婦女を接客婦等(売淫を主とする)として就業のあつ旋をすることは同法第一条の趣旨に照らし同法の目的に違反する所為であることは明らかであるから同法の目的達成のため同法を以て処罰することは何等同法の目的より逸脱するものではない。論旨はとるを得ない。

第一の二について。職業安定法第六三条第二号は同号所定の目的で職業紹介を行つた者を処罰する旨規定しその職業紹介とは同法第五条の定義に従うべきは明らかである。而して右第五条の職業紹介の重要なる一要素は求人者と求職者との間における雇用関係の成立でありこれを本件について考えてみるに各業者と婦女との間に雇用関係の成立ありと目せられること原判決説示の通り(弁護人の主張に対する判断一、雇用関係の有無について)であるから、こゝにこれを引用する。更に右第六三条第二号にいわゆる職業紹介-即ちその一要素をなす雇用関係は同条の立法の精神に照し私法上有効なる雇用関係たると民法第九〇条に違反するがために無効と目せられる雇用関係たるとを問わないものと解するを相当とする。されば被告人の本件所為を職業安定法第六三条第二号に問擬した原判決には何等違法のかどはなくこの点に関する弁護人の論旨はとるを得ない。

第一の三について。業者と接客婦等との間に雇用関係の成立ありと目されること前段説示の通りであり、被告人において婦女を接客婦等として雇用関係の成立をあつ旋した以上労働基準法第六条に該当することは明らかであり、又同条は単に労働者からの搾取を禁じたにとどまらず広く一般に中間搾取を禁じたものであつて雇主からの利益取得をも禁止する趣旨なること同条の文理上疑をはさむ余地なく、労働基準法第六条にいわゆる業として他人の就業に介入して利益を得ることも職業安定法第六三条第二号にいわゆる職業紹介を行うことも他人の就業に介入すると言う基本的事実関係は両者共通であるからたとい労働基準法第六条には右の外にこれによつて利益を得ると言う別個の構成要件が加わつておるとしても両所為を目して一所為数法の関係なしと言うを得ない。論旨はとるを得ない。

第二について。被告人の本件所為を職業安定法第六三条第二号に問擬し得ること前叙の通りである。所論は被告人の本件所為が同条に該当しないことを前提とするものであつて採用の限りでない。

第三について。所論にかんがみ本件訴訟記録及び原裁判所の取り調べた証拠を精査し弁護人所論の点その他一切の事情を考量するときは原審が被告人に対し懲役一年の実刑を以てのぞんだことは量刑酷に失するものと言わねばならぬ。弁護人の論旨はこの点において理由あり原判決は破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三九七条を適用し原判決中被告人に関する部分を破棄し同法第四〇〇条但し書に従い被告事件について更に判決をする。

原審において認定した事実に対し法律を適用すれば被告人の判示所為中公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で職業紹介を行つた点は(判示第一の(一)(二)、第二の全部に関係)職業安定法第六三条第二号に(第二の部分についてはこの外刑法第六〇条を適用)、業として他人の就業に介入して利益を得た点は(判示第一(二)、第二に関係)労働基準法第六条第一一八条に(第二の部分についてはこの外刑法第六〇条を適用)各該当するところ右職業安定法違反と労働基準法違反とは一所為数法の関係にあるから刑法第五四条第一項前段第一〇条を適用し重い職業安定法違反の罪の刑を以て処断することとし所定刑中懲役刑を選択しその刑期範囲内で主文掲記の刑を量定処断し情状により刑法第二五条を適用し三年間右刑の執行を猶予し原審訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項第一八二条を適用し主文掲記の通り負担せしめることとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 平井林 裁判官 藤間忠顕 裁判官 山崎林)

控訴趣意

第一、原判決は法の解釈を誤つて事実を認定し擬律錯誤に陥つたものである。

一、職業安定法(以下職安法という)に所謂職業安定とは工業その他の産業に必要な労働力を充足し経済の興隆に寄与する性質を有する業務であつて各人が自由に選択するその業務に就く機会を与える調整を為すことを言うものであるから、斯る性質を有しない各人の労務(仕事)に関しては職安法で規律するものではない。然るに原判決は婦女が旧遊廓地域で売淫をする行為を一つの業務と解し職安法の規定する職業に該当するものと認定して居るのは不当である(職安法第一条法の目的)

二、原判決は婦女の斡旋先(新料理業者等略して店主という)が旧遊廓であつて、婦女をして遊客を相手に売淫させることを業として居るものであると断じ、其の売淫を為さしめる婦女と店主との間に使用従属の関係が成立すると認定して居るが之れは関係法規を無視した妄断である。

イ、職安法第五条には同法を適用する上において一々当該事実に関する定義を法定して居るから此の定義に当てはまらない事柄は仮令その外形が似通うて居るようであつても同法の適用からは当然除外されなければならない(法定解釈主義)。即ち同法第五条第一項には「この法律で職業紹介とは求人及び求職の申込を受け、求人者と求職者との間に於ける雇用関係の成立をあつ旋することをいう」と規定して居る。

公共職業安定所でも、其の他の者のあつ旋であつても有効なる雇用関係を成立せしめることが所謂同法の職業紹介の要素である。不正当な関係を成立せしめんとする紹介は同法に所謂職業紹介ではない。而して雇用関係が適法に成立するか否かはその職業を規範する法規(こゝでは私法について述べる)に準拠しなければならぬ。今婦女が店主に対して或る労務に服することを約し店主が之に報酬を与えることを約すれば、雇用契約は形の上では成立するがその労務が法の認めない非合法のものであればその契約は無効である。従つてかゝる労務に関して求人、求職両名の間を取り持つても職安法に所謂職業紹介行為とはならない。

ロ、婦女の売淫行為は法の認めないものであるから原判決の如く接客婦に専ら売淫を為さしめる目的で雇入れた行為を目して使用従属関係ありと言うが如きは法を曲解するも甚だしいものである。公娼制度の存した時代に於ては一定の地域で法定の許可を受けた婦女が売淫をすること及びかゝる婦女を雇入れて貸席業を経営することは法の上では合法行為であつて婦女と店主との間には雇用関係が成立し従つて其のあつ旋を為す者も職業紹介業者として法的に存在を認められて居た。公娼制度が廃止せられ、売淫行為は法の保護を受けられなくなり所謂売淫稼業は存在しないに拘らず原判決は店主を目して「売淫させることを業として居る」「婦女は専ら同所において売淫の業務に就く」云々と判示し売淫を一種の職業と認めて居り、又職安法第五条の雇用関係とは職業の種類性質の如何を問わず使用者の指揮命令を受け或はその監督のもとに労働すること、即ち所謂使用従属の関係を指すと解する)と判示し本件において売淫行為を同法の職業の種類と解し、店主を婦女の売淫につき指揮監督権を有する使用者と解し、婦女の売淫行為を使用従属の関係にありと断じて居る、而して斯く解することが職安法の立法趣旨であると言うけれども職安法は各人に適法なる職業を与えることを主眼とするものでその職業の種類性質並びにそれが法の保護を受くるに値するか否かは実体法の解釈に依らなければならぬ(民法第九〇条、第九七条参照)。労働基準法第十三条の規定に依つても基準法に定める労働条件に達しない労働契約はその部分については無効とする」とあり、売淫行為や売淫によつて得た収益の分配を賃金と認める等の規定は存して居ない。又原判決の認める使用従属関係に於て婦女が売淫行為を為した場合に店主は常に「婦女に売淫をさせた者の処罰に関する法令の違反者となるであろうか、又現に存する公共職業安定所に対し原判決の認める如き求人求職の申込みがある場合に安定所は之を受理しなければならないであろうか。

ハ、接客婦の業務は所謂自由業であつて店主との間に雇用関係を結ぶ必要はない。店主が接客婦を求めるのは自己の店舗に於て接客業を営ましめ、接客婦は自己の欲する店主の許で接客業を営むに過ぎない。被告人が本件接客婦を店主に世話したのは通俗に言う「引合せ」とか「連れて行つた」とか言うもので職安法に所謂職業紹介に該当しないし又接客婦の就業に介入しては居らない。接客婦の業務は接客婦自身の自由意思で届出により成立し他人の介入を許さない。店主であつても之に干渉することは出来ないからである。故に他人が接客婦の就業に介入すると言う場合は接客婦が個々の遊客の需に応じてサービスする時に之を媒介する行為の外にはない、被告人はかゝる介入行為をしては居らない。原判決は被告人が売淫を業とする婦女を店主に紹介して就職のあつ旋をなし、店主からそれぞれ謝礼を収受したものと判示して居るけれども、店主と婦女との間には斯る就職関係は成立せず、又かゝる場合に店主から金品の供給を受くることは法の関与するところではない。因に原判決の認定に影響を及ぼしたと思考せられるものに昭和二十四年三月三日労働省労働基準局長より都道府県労働基準局長宛「特殊飲食店の接客婦に対する労働基準法の適用について」と題する文書(原審公廷における証拠品)がある。同書面によれば「特殊飲食店等に於て店舗その他の施設を設け所謂接客婦等売淫を行うことを業とする女子を二種に別ち、同文書に定めた所謂十原則の総てに該当する女子は基準局の監督外に置き、右十原則の一にても「牴しよく」する場合は、その女子と店主との間に実質的使用従属関係が存在するものと認め労働者として処遇すると言うにある。この文書の趣旨に従えば一人の女子が右十原則を具備する間は自由業者となり、十原則の一にても欠ける場合は忽ちにして実質的使用従属関係の拘束を受ける伸縮自在の取締を為さんとするものゝ様である。斯る構想に於て職安法第五条の職業紹介規定を律せんとするは甚だしき見当違いである。就中「実質的使用従属関係」とは如何なる基本的使用関係に従属するものか不可解である。

三、労働基準法(以下労基法という)の適用について。

イ、原判決は……婦女子を……店主に接客婦として就職のあつ旋をし、店主からその謝礼として金……円を収受し以て業として他人の就業に介入して利益を得」と判示して職業紹介の点では職安法第六十三条第二項を適用し、就業に介入して利益を得た点では労基法第六条を適用して居る。然るに職安法では利益の収受は犯罪でなく、労基法では労働者からの利益搾取を犯罪として居るのであるから一所為数法に触るゝものではない。

ロ、原判決は労基法第六条を店主から受けた利益に対しても適用あるものとして居るが同法は労働者の所得を擁護したもので使用者の出損を平等に保護するものではない。これは職安法第四十条を参照しても明らかである。

ハ、労基法第六条は他人の就業に介入しとあるが既に述べた如く接客婦の職業は自由業であつて他人の介入を容れる余地はない。唯接客婦が或る遊客に対し其の需に応じて接客する場合は即ち就業であるからその両者の間を取り持つて其の婦女から利益を得たとすれば本条の適用があるが本件には其の事実がない。従つて原判決が労基法に問擬したのは違法である。

第二、原判決は職安法を適用することに依つて婦女の人権擁護を達成せんとして居るが、職安法は前述せる如く各人に適法にして其の人々の希望する職業に就く機会を与えることを目的とし職業の範囲並びに局限した各行為に夫れぞれの定義を規定して居るために其の定義に該当しない行為は仮令社会に好ましからざる影響を及ぼすことあるもこれを調整することは出来ないのである。それは当局に於て法の及ばざるところ法の不備なるところを検討し適切なる立法手段によつて救済の途を講じなければならない。

第三、仮りに弁護人の上来陳述したところが不当であつて原判決の如き犯罪行為が成立するものとすれば原判決は刑の選択を誤り且その量刑は甚だしく不当であると思料するものであります。

一、原判決は其の冒頭に於て被告人が公娼制度の行われた昭和五、六年頃から芸娼妓、仲居等の周旋業を営んで居た経歴を掲げ被告人が悪質の世話人であるかの推測をせられて居る様であるが、被告人は原審の証拠でも窺知し得られるように其の性質は純真素朴で人情にもろく、人の窮状を見ては之を黙視することが出来ない性分である。その為に公娼制度時代に於ても警察の信用は厚く同情を以て遇せられて居た。公娼制度廃止後はその業務と絶縁して居たところ昭和二十四年頃から家庭に不幸が続き妻に死別し養子の罹病等で不時の失費多く、次第に老境に入つて、きまつた収入はなく、子孫の扶養に家計は困窮を増す許りであるところへ本件の如き求人、求職の世話を頼まれたので心ならずも之に応じたもので今更乍ら悔恨の臍を噛む次第であります。

二、被告が不埓の所業をしたにも拘らず、郷党の人々は深く被告人の境遇に同情せられ、被告人の日常の性行を具さに記録した書面を原審に提出し又病中の養子も痛く被告人の老い先を案じ且つは家族生計の途なきを憂うる余り御庁に陳情書を提出したと言うことであります。

三、被告人も既に六十余歳の高齢に達し乍らも他に働く家族なく被告人が僅かに労働に依つて家計を維持して居る有様で、若し被告人が懲役刑の実刑に服することになれば一家の生活は全く破れ町の救助を受くる外なき状態となります。

以上の次第でありますから、被告人の高齢なること、家庭の状況、殊に本年は講和条約発効の年であること等々を斟酌せられ特に罰金刑を選択せられ度く、若し懲役刑を選択せらるるに於ては刑の執行猶予の恩典を賜わり度く伏して御願い申上げる次第であります。

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